留学生2800人の地球村 立命館アジア太平洋大(02.10読売新聞)

留学生2800人の地球村 立命館アジア太平洋大

全国一争う

丘の上に、世界の若者が集う"地球村"があるという。地獄めぐりでおなじみの温泉の街、大分県別府市。中心街からバスで40分ほど走ると、立命館アジア太平洋大の広大なキャンパスがあった。眼下に別府湾や国東半島が広がる。

この日は学期末試験の最終日。留学生の姿が目立つ昼下がりの学生食堂で、バングラディシュ人の2年生エムディ・ラジブさん(20)が鶏料理を食べていた。イスラム教徒のため、豚肉は厳禁。食堂のメニューには、イスラム教の戒律を厳守して調理したことを示す「HALAL(ハラル)」のマークがついたものも多い。

学内の留学生は約2800人に上り、規模の大きい早稲田大と全国一を争う。アジア、欧米など87の国・地域から来た学生のため、学食のメニューも約200種類ある。ベジタリアン向けの料理を多く用意し、キムチは韓国製に限るなど、さまざまな配慮も。

「経済大国・日本のビジネスの知恵を母国で生かしたい」。そう語るラジブさんの日本語はよどみない。

授業はすべて日本語でも英語でも受けられるが、2年生までに両方マスターするのが全学生の目標。図書館では、深夜まで語学の勉強に励む姿も珍しくない。

キャンパス内の学生寮では、留学生を中心に約1200人が暮らす。「人種のるつぼ」の中、日本人学生はどう過ごしているのか。

寮1階の広間にいた1年生の辻竹哉さん(20)が自分の体験を話してくれた。去年の夏休み、一緒に寮に残っていたアジアの留学生と親しくなり毎日語り合ったが、ふと聞いたひと言が今も心に残っているという。

「家族に会いたい。でも、このまま帰国したくない気持ちもある」。留学生がそう言って顔を曇らせるのを見て、複雑な国情を心配しつつも、本音を打ち明けてくれたのがうれしかった。

「これだけ多くの国々の学生と長い間、一緒に過ごして交流できる場所は、ほかにないと思う。日本の大学らしくない大学」。そう語る辻さんは今、ベトナム戦争の枯れ葉剤被害を伝えるサークル活動に取り組む。

 

別府に根ざす

「学生の半数が留学生」という破格の基本デザインで作られたこの大学。開学から9年間に、のべ104の国・地域から留学生を受け入れた。北京五輪に参加した「204」の半分を超えているが、驚いてもいられない。世界では今、こうしたグローバル化を進める大学が増え、優秀な留学生の争奪戦も激しいという。

世界中から学生を集める一方で、大学は設立を後押ししてくれた地元を大切にしている。「滞在・体験型観光」の提案など地域活性化策の研究に力を注ぎ、学生も年200件近くの地域活動に参加している。

その代表例は、学生のみこしが練り歩く「泉都大祭」だ。昨年11月、4度目の大祭で推進委員会代表をつとめた4年の細川弘嗣さん(22)は「祭りで人々とふれあい、自分のやりたいことに気づいた」と話す。

4月から関西の旅行会社で働く。湯煙と人情が温かい別府を全国に紹介するのが目標だ。

(奥田祥子)


生活相談、手伝い 卒業後も心の交流

留学生を支援する 近藤研時二さん 55

別府市内で美容院をやっていますが、大学ができた当時、知人の紹介でインドやスリランカの留学生を何人か招いてパーティーをしたのがご縁の始まりです。

つきあった留学生はもう200人近く。豊かでない国の学生さんも多いですが、母国の経済や政治に関心が高く、みんな勉強熱心。そんな姿に感心して、お役に立ちたいと思いました。

初めは春と秋に入学祝いの交流会を開いていたのが、次第に回数が増え、毎週のように集まるようになりました。引っ越しの手伝いや日々の生活の相談にも乗っています。私も英語を勉強したり、パソコンを覚えたり、彼らから学ばせてもらっていると感じます。

卒業した子たちは手紙やメールを送ってきたり、訪ねてきてくれたりします。別府を第二の故郷と思ってくれたらうれしいですね。


沿革

平松守彦・前大分県知事の誘致活動を契機に、公私協力方式で2000年に開学。大分県と別府市は計190億円余の建設費用や用地を提供。経済界も留学生の奨学金などのために約40億円を寄付した。

アジア太平洋学部と、アジア太平洋マネジメント学部(09年度から「国際経営学部」)の2学部を置き、海外で活躍できる人材育成を目指す。学生は約5900人で、留学生の比率は47%。教員も約半数が外国籍。モンテ・カセム学長はスリランカ出身で、自身も留学生として来日した経歴を持つ。